現代サッカーにおいて、守備戦術の中核を担う「ハイプレス」。相手陣内で素早くボールを奪い、攻撃に転じるこの戦術は、多くのプロチームが取り入れる重要なスタイルです。
本記事では、ハイプレスの基本概念から戦術的な意図、練習方法、対策、ゲーゲンプレスとの違い、さらに実践する上でのチーム作りまでを徹底的に解説します。サッカー・フットサルの指導者やプレーヤー、戦術分析に興味のある方は必見です。
ハイプレスとは何か?基本と戦術的な意図を解説
ハイプレスとは、相手チームが自陣でボールを保持した瞬間から、前線の選手が積極的にプレスをかけ、高い位置でボールを奪う戦術のことを指します。主に守備の局面で使用される用語ですが、守備が攻撃の起点となるという意味で、現代サッカーにおいて極めて重要な戦術の一つです。
「高い位置」というのは、相手陣内、あるいはハーフライン付近での守備を意味し、これによって相手が自陣でのビルドアップを困難にし、ボールを奪った後すぐにチャンスに転化しやすくなります。
この戦術の主な目的は以下の3つです:
- 高い位置でボールを奪い、ショートカウンターに繋げる
- 相手のパスコースを限定してミスを誘う
- 試合のテンポや流れを自チームのものにする
単なる「全員で前に出る守備」ではなく、チーム全体が連動して動き、トラップ(罠)を仕掛けるような高度な戦術といえます。
なぜ現代サッカーで重視されるのか
現代サッカーでは、相手の攻撃を未然に防ぐ手段として、ハイプレスのような積極的守備が非常に重宝されています。かつては「守備は自陣に引いて整えてから」が常識でしたが、選手のフィジカル・スピード・戦術理解度の向上により、「攻撃的な守備」が可能になりました。
また、GKを含めたビルドアップが主流になる中、後方から繋ごうとするチームにとって、ハイプレスは最大のプレッシャーとなります。特にボールを奪ってから数秒以内に得点機を作る“トランジション”を重視する戦術が主流の今、前線からの圧力はそのままゴールへの最短ルートとなります。
一方で、動画分析やGPSデータを用いた走行距離・ゾーン別圧力などの可視化により、どの局面でどう仕掛けるかを戦術として設計できる点も、ハイプレスが体系的に導入されやすくなった要因です。
ゾーンプレス・マンツーマンとの違い
ハイプレスとよく混同されるのが「ゾーンプレス」や「マンツーマン守備」です。これらは「守備の方法論」であり、ハイプレスは「守備の位置や意識の高さ」を指すという点が大きな違いです。
- ゾーンプレス:ボールのあるゾーンに複数人でプレスをかけ、数的優位を作って奪う
- マンツーマン:各選手が対応する相手を一対一でマークし、自由を与えない
- ハイプレス:相手陣内または高い位置から仕掛けるプレッシング全般
つまり、ハイプレスの中で「ゾーンプレス」が使われたり、「マンツーマン」に切り替わったりと、組み合わせることで戦術の幅が広がります。
ハイプレスのメリットとリスク
ハイプレスの最大のメリットは、「敵陣でボールを奪う」ことによるゴールへの近さです。以下のような利点があります:
- 奪った位置が高いため、攻撃開始地点がゴールに近い
- ボールを失った直後の守備意識が高まり、セカンドボールも拾いやすい
- 相手が後ろから組み立てられないため、リズムを作らせない
一方で、リスクもあります。
- 前線の選手が空けたスペースを使われるとカウンターを受けやすい
- 全員の運動量と連携が求められるため、体力的に厳しい
- タイミングがずれると一気にラインを突破される
このように、攻守のバランスが重要であり、時には撤退して守備ブロックを敷く柔軟性も必要となります。
プロチームでの導入事例
ハイプレスを高い精度で導入しているプロチームの代表格が、ユルゲン・クロップ率いるリヴァプールや、ハンス=ディーター・フリック時代のバイエルン・ミュンヘンです。
リヴァプールは、前線の3トップがコンパクトな三角形を形成しながら相手CBやGKにプレッシャーをかけ、中央へのパスを遮断しながらボールを奪取します。また、奪った直後に「ファイナルサード」で仕掛けるショートカウンターで何度も得点を演出しています。
バイエルンでは、ポゼッションを高めつつも、ボールを失った瞬間に3秒以内で奪い返すことを徹底しており、これを可能にするのがハイプレスの組織化です。全員が連動して前に出る姿勢と、後方からのサポートが常に整備されているため、極めてハイレベルなハイプレスが実現されています。
日本代表でも森保一監督が導入しており、特にアジアカップやW杯予選では、前線からのプレッシングでボールを奪い、素早く攻撃に転じる場面が多く見られました。
このように、ハイプレスは単なる守備戦術にとどまらず、攻撃の起点として、「チーム全体のスタイルを形づくる要素」として機能しているのです。
サッカー・フットサルでのハイプレスの練習方法とは
ハイプレスは試合中にいきなり機能するものではありません。
チーム全体で連動し、高い強度と正確な判断力を求められる戦術であり、それに見合ったトレーニングを日々積み重ねることが重要です。ここでは、実際に行われている練習メニューから、フットサル特有のアプローチ、さらに育成年代への導入方法までを詳しく紹介していきます。
ハイプレスを意識した練習メニュー
ハイプレスの肝は「連動した守備」と「トリガーへの即応力」です。以下は現場でよく使われる具体的な練習形式です。
練習名 | 目的 | ポイント |
---|---|---|
4対2+フリーマン | 数的不利な状況でのパスカット・連動の理解 | 内側にパスが入った瞬間に外側から圧力 |
ビルドアップ潰し | 後方から繋ぐ相手へのプレス | CBやGKの判断を読む力が問われる |
トリガープレス | 決まった状況で連動してプレスをかける | 「バックパス」や「サイド展開」が合図 |
加えて、以下のような練習意識を選手に浸透させることが重要です。
・相手のプレッシャー耐性を理解する
・全体のラインをコンパクトに保つ
・指示や声掛けによる「連動」を習慣にする
フットサルにおけるハイプレスの応用
フットサルではピッチが狭く選手数が少ないため、ハイプレスは一層スピーディで正確な連携が求められます。特にGKからのビルドアップが多用されるため、GKを含めたプレスをどうかけるかが戦術の要になります。
フットサル特有のポイントを整理すると以下のようになります:
- 前線から一気に制圧する“ブロック全体のスライド”が有効
- 1人目が寄せるだけでなく、2人目のカバーがカギ
- 相手のパスミスを誘いやすいため即時攻撃に直結
練習では「4対4+GK」の実戦形式を活用し、以下の条件付きルールを入れることで判断力を育成できます:
・バックパス禁止
・ボール保持5秒以上で得点無効
・相手陣内でのインターセプト時に即攻撃可能
このように時間制限や特殊ルールを設けることで、プレッシャー下での選択や連携力を自然と高めることができます。
育成年代で取り入れるポイント
育成年代ではハイプレスをそのまま再現するのではなく、発展的に身につけさせることが求められます。技術・判断力・体力が未成熟な段階でも、以下のステップで自然と浸透させることが可能です。
- まずは個のアプローチ:ボールを追う意識・「取る」という行動を植え付ける
- 2人組・3人組での連携:シチュエーションに応じたパスカットやカバーの意識
- ゲーム形式で繰り返す:意識→連携→反復で「自然なプレス」を形成
また、試合映像を活用するのも効果的です。プロ選手の動きを見せ、「なぜこのタイミングで寄せたのか」「味方がどう連動したか」を問いかけることで、戦術的な理解が格段に深まります。
「このタイミングで行くべき?」「君の動きで味方はどう動ける?」
→“自分だけで完結しない”守備の思考を身につけさせることが大切です。
最後に、ハイプレス導入には失敗もつきものです。だからこそ、プレッシングが崩された時に「なぜダメだったか」をチーム全体で振り返る習慣を作ることで、プレッシャー耐性と柔軟性が育ち、選手の成長を大きく促進するのです。
ハイプレスへの対策方法と有効な戦い方
ハイプレスは非常に効果的な守備戦術である一方、それを回避する手段も数多く存在します。現代サッカーでは、ボールを繋いでいくスタイルのチームが多く、それに伴って“ハイプレス回避”も進化しています。本セクションでは、具体的な対策方法と戦術的な工夫を紹介し、どのようにして相手の圧力を逆手に取るかを解説していきます。
後方からのビルドアップでかわす方法
ハイプレスをかけてくる相手に対して最も基本的な対応策が「後方からのビルドアップ」です。これはGKやCBを起点にして、短いパスでライン間を繋ぎ、プレスの矢印を利用しながら前進していく方法です。
・GKの足元技術を活かす
・CBは広がり、ピッチを横に広く使う
・中盤の選手が下りて“数的優位”を作る
ビルドアップを成功させるためには、以下のような陣形・動き方が鍵になります:
選手の役割 | ハイプレスに対する動き方 |
---|---|
GK | パスの起点として、CBやSBに素早く配球。場合によっては中盤へロングボール。 |
CB | ピッチ幅を広く取り、相手1トップのプレスを左右に散らす。 |
中盤 | CBの脇やSBの内側にポジションを取り、数的優位を作る。 |
このような形で相手の1列目のプレスを分散させることで、後方からスムーズに前進することが可能になります。
プレッシャーを利用した裏抜け戦術
ハイプレスは高いライン設定が前提のため、裏のスペースが空きやすくなります。この弱点を突くのが「裏抜け」です。相手DFがプレスに引き出された瞬間に背後へ走り込むことで、ゴールへ直結するチャンスを作ることができます。
・ハイラインの裏を突いて相手のリスクを逆手に取る
・ボールホルダーがプレスに釣られた瞬間を見逃さない
・タイミング良く抜け出せば一気に決定機
代表的な形は以下のようになります:
- CBがボールを保持中、FWが中央で釣っておく
- SHやIHが斜めに裏へ抜ける
- SBやCBがスペースへダイレクトパス
また、あえて一度ボールを後ろに戻し、プレスを誘ってから逆サイドに大きく展開して裏を狙う「プレス回避+逆サイド攻略」も効果的です。
相手の弱点を突くポジショニング
どんなに強力なハイプレスでも、完璧なシステムは存在しません。相手のプレスに“穴”があることを見抜いて、そこを突くポジショニングを取ることが大切です。
例えば以下のような状況では、個人やチームの判断によって有利な展開を作ることが可能です:
相手の状況 | 効果的なポジショニング |
---|---|
ボール保持者に2人が寄せている | 空いた中央のスペースにIHがポジション |
SBが高く出てきた | ウィングがタッチライン際で張り、背後を狙う |
CBとGKの距離が遠い | FWがGKへのパスを予測して詰める |
また、プレッシングを仕掛けてくる相手に対しては“動かない”という戦術もあります。あえてボールを持たせておいて、自陣でのスペースを消し、プレスが機能しないエリアへボールを運ぶなど、柔軟な戦術選択が重要です。
「相手の守備にリズムがあるなら、それを崩すのも戦術のうち」
→ プレスを“受ける”のではなく、“ずらす”ことで主導権を奪い返せます。
総じて、ハイプレス対策は「個の技術」よりも「チームの認識・動き方」によって効果が大きく変わります。日頃から状況認知と判断力を養い、対戦相手によって戦術を切り替える柔軟さを持つことが、現代サッカーにおける勝利への鍵となります。
ゲーゲンプレスとハイプレスの違いとは
「ゲーゲンプレス」と「ハイプレス」は、どちらも前線から相手に圧力をかける戦術であるため混同されがちですが、その本質は異なります。
本セクションでは、ゲーゲンプレスの起源と仕組み、ハイプレスとの違い、さらにそれぞれの戦術に適したチームスタイルについて詳しく解説していきます。
ゲーゲンプレスの特徴と発祥
ゲーゲンプレス(Gegenpressing)は、ドイツ語で「逆プレス」を意味し、ボールを失った直後に即座にプレッシングを仕掛けてボールを奪い返す戦術です。特にユルゲン・クロップ(現リヴァプール監督)がドルトムント時代に確立し、世界的に知られるようになりました。
・ボールロスト後「5秒以内」に奪い返す意識
・数的優位よりも“勢い”と“即時圧力”を優先
・守備から攻撃への切り替えスピードが極めて速い
クロップはこの戦術について「ゲーゲンプレスは世界最高のプレーメーカー」と述べており、ポゼッションを重視することなく、ショートカウンターでゴールを狙うスタイルと密接に関係しています。
以下に、ゲーゲンプレスの起源と主な発展経緯をまとめます:
時代・場所 | 特徴的な動き | 代表者・チーム |
---|---|---|
1990年代 ドイツ | ボールロスト時に即時プレスを実施 | ヴォルフスブルク等 |
2010年代 ドルトムント | 前線から全員で奪い返すアグレッシブな守備 | ユルゲン・クロップ |
現在 リヴァプール等 | 戦術的に洗練され、トランジション重視の型へ | クロップ、ナーゲルスマン |
ハイプレスとの主な違い
ゲーゲンプレスとハイプレスは似て非なるものであり、「プレッシングを仕掛けるタイミング」と「守備の主眼」に明確な違いがあります。
✅ 簡単比較:ハイプレス vs ゲーゲンプレス
- ハイプレス:相手が後方からビルドアップを始めた時点で前線から守備を仕掛ける
- ゲーゲンプレス:自分たちがボールを失った瞬間に即時で奪い返す守備
- ハイプレス:相手の構築を止める、時間を奪う
- ゲーゲンプレス:カウンターの起点を守備で作る
以下のような図式で整理すると理解しやすいです:
項目 | ハイプレス | ゲーゲンプレス |
---|---|---|
開始タイミング | 相手GKやCBからのビルドアップ | ボールロスト直後 |
プレッシャー対象 | 主に最終ライン | ボールを奪った選手とその周辺 |
主な目的 | 相手のビルドアップ妨害 | 即時奪回からのショートカウンター |
構造 | 全体で押し上げる守備 | 瞬発的な局所集中 |
適応するチームスタイルと役割
それぞれの戦術は、適するチーム構成や選手の特性も異なります。以下に適したスタイルとキープレーヤーの特徴を整理します。
- ハイプレス:戦術理解に優れた選手、運動量豊富な中盤、CBのライン統率力がカギ
- ゲーゲンプレス:反応速度の速いアタッカー、奪ってから仕掛ける判断力のある選手
・リヴァプールはゲーゲンプレスの象徴的存在。フィルミーノやサラーの即時プレスが鍵。
・アトレティコ・マドリードはハイプレスとブロックの使い分けで守備的組織を形成。
どちらの戦術も「リスクと隣り合わせ」ですが、使い分けと戦況判断を行うことで、より高い効果を得ることが可能です。特に現代サッカーでは、両方の特性を融合させたハイブリッド型の守備が主流になりつつあり、監督やチームの柔軟性が試されています。
ハイプレス戦術を活かすためのチーム作りと選手配置
ハイプレスを機能させるには、単に「走れる選手」を揃えるだけでは不十分です。重要なのはチーム全体の配置やフォーメーション、選手それぞれの特性を活かした役割設計です。
本セクションでは、ハイプレスに適したフォーメーションの考え方、ポジション別に求められる能力、そして戦術を継続的に支える体力・メンタル管理について詳しく解説します。
適したフォーメーションとその理由
ハイプレスに適したフォーメーションは、前線からの圧力を最大化できる形である必要があります。以下は代表的な3つのフォーメーションです。
フォーメーション | 特徴 | ハイプレスでの利点 |
---|---|---|
4-3-3 | 前線3枚で相手CB+GKにプレスをかけやすい | 中盤との距離が近く、連動がスムーズ |
4-2-3-1 | トップ下が“シャドープレッサー”として機能 | 守備から攻撃への切り替えが早い |
3-4-3 | WB(ウィングバック)の上下動で幅を維持 | プレス後のリカバリーがしやすい構造 |
ポイントは“前線に3枚”の形を保てるかどうかです。2トップや1トップではプレッシャーの角度が限定されるため、相手CBに余裕を与えやすくなります。
自チームの選手に「走れるウィング」が多ければ4-3-3、
「守備意識の高いトップ下」がいれば4-2-3-1が適しています。
重要なポジションと求められる能力
ハイプレスを成立させるには、各ポジションで明確な役割分担とスキルが求められます。以下に、特に重要な3つのポジションと、そこに必要な能力をまとめました。
- CF(センターフォワード):第一のプレス開始役。前線での判断力と瞬発力が重要。
- IH(インサイドハーフ):中盤でのカバーリングと連動がカギ。スタミナ必須。
- SB(サイドバック):高い位置でのプレッシングと裏のケアを両立する必要がある。
また、GKの足元の技術やDFラインのコーチング能力も、守備陣形の押し上げやリスク管理に欠かせません。
・CB:ラインの統率とロングフィードでの前進
・中盤:奪ってから展開できる“守備的レジスタ”
・WG:プレスの起点、かつ裏抜けのスピードも必要
つまり、全員が「守る・攻める」だけでなく、「つなぐ・連動する」という思考を持っていることが、ハイプレス成功の前提条件となります。
体力・メンタルを支えるマネジメント
ハイプレスは極めてハードな戦術です。90分間走り続けるだけの体力が要求される上に、相手の出方によって臨機応変に切り替えるメンタルも重要になります。
そのためには日頃から下記のようなトレーニング・管理が必要です。
管理要素 | 具体的内容 |
---|---|
体力強化 | インターバルトレーニング/筋力+心肺機能の両面強化 |
戦術理解 | 映像分析/ポジショニング練習/グループディスカッション |
メンタル維持 | 目標設定/プレッシャーへの順応訓練/心理的安全性の確保 |
さらに、選手が安心して戦術に取り組める環境づくりも大切です。
「勇気を持って前に出よう。ミスが起きても次に活かせる」
→安心感があることで、思い切りの良いプレーに繋がります。
ハイプレスは決して万能な戦術ではありませんが、選手配置と体力・メンタルのマネジメントが整えば、試合を支配できる強力な武器になります。だからこそ、戦術の導入と並行して、選手の「理解・体力・信頼感」を育てるチーム作りが重要なのです。
まとめ
「ハイプレス」は、相手に自由を与えず主導権を握る現代サッカーにおいて欠かせない戦術です。本記事ではその基本的な考え方から応用、対策、類似戦術との違い、そしてチーム作りの実践までを紹介しました。
成功させるためには、個々の選手の理解と全体の連動が不可欠です。ハイプレスの戦術を正しく理解し、チームに合わせて適切に導入することで、試合の流れを大きく変える可能性が広がるでしょう。